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東日本大震災の被災地を訪ねて
 東日本大震災の被災地を訪ねて
                           ( N.Mi )
死者1万5854人、
行方不明者3155人(2012年、3月10日現在)、
東日本大震災から1年が経とうとしています。
昨年の3月11日、東日本を襲ったM9の大地震と津波。
わけても、テレビから流れてくる 町も家も田畑もそこに
住む人々をも情け容赦なく次々と呑み込んでいく津波の
映像はとてもこの世のものとは思えない恐ろしい光景で
した。昨日まで、穏やかで静かなリアス式海岸の風光明
媚な東北の町や村、そこで営まれていた人々の当たり前
の毎日の暮らしが一瞬にして無残にも破壊しつくされてし
まう自然の猛威を思わずにはいられませんでした。
そして、追い打ちをかけるように東京電力福島第一原子力
発電所の事故。恐れていたメルトダウン、水素爆発、放射
能漏れと日本列島を不安と恐怖で打ちのめしました。

東北、杜の都仙台は、長女が学生時代足かけ7年(途中1
年休学)を過ごした土地で、彼女にとっては第2の故郷であ
りお世話になった友人、知人もたくさんいます。
特にアメリカで交通事故に遭った時、彼女の心を支えてくれ
た友人、知人の多くは仙台の人達でした。アメリカでは毎日
のようにFAXで励ましの手紙が届き、病院にも山のような千
羽鶴やみんなの声の入ったCDが送られてきました。
(私たち夫婦も富山のみなさんからFAXで手紙や情報をいた
だきどんなに心強くありがたかったことか)。日本に帰って来
てからも、遠い仙台から毎週のように入れ代わり立ち代わり
いろんな人がお見舞いに来てくださいました。そんな事情も
あって、娘の友人、知人とは私たち夫婦も深く関り、親子通じ
てのお付き合いをさせて頂いていたのでとても他人事とは思
えませんでした。

震災直後にお友達が2人ほど車で富山に物資調達に来られ、
ガスコンロや水、電池、ホッカイロ、レトルト食品、米や野菜など
皆さんに声をかけてとりあえず集まったものを持って行ってもら
いました。直接の知り合いで亡くなった方や行方不明になった方
はありませんでしたが、あれだけの犠牲者ですから、その方たち
の周りには当然何人もの犠牲になられた方々があるに違いあり
ません。柱が傾いたとか壁にひびが入ったとかも聞いていました
ので、建築専門の主人と現地に行ってお役に立てればとずっと
話していました。ようやくそれが実現できたのは11月でした。
震災から既に7か月が経っていました。



東北自動車道で福島から仙台に近づくにつれて
沿線の家々の屋根に青いビニールシートをかけ
たままの所があちこちに見られました。
屋根瓦が不足していてなかなか直せないとのことでした。
出かけるにあたって現地の人達が必要としている物を事前に
お聞きしたら、冬場の暖房器具や貯蔵のできる根菜類や食糧
ということでしたのでまた皆さんに声をかけて、お米や野菜、
こたつ、電気ストーブなど車に積み込んで出かけました。
(ご協力ありがとうございました)


行ったからには少しでも何かお役に立ちたいと思い、
ボランティアの方々のための食事づくりを2日ほど
させて頂きました。
夏場はボランティアの人数も多かったらしいですが、
11月ともなると随分少なくなったとのことでした。
お手伝いをさせて頂いたセンターは15人ほどの若い人が寝泊まり
していて仙台市内から自転車で2、30キロの所の海岸線の家々に
毎日通って縁の下とか家の中の泥を掻き出す仕事をしていました。
津波では壊されず運よく残された家々も居住可能にするためには
1件1件気の遠くなるような作業がそれも殆ど自力で、手作業で
続いているんだということをあらためて気づかされました。
こうした地道なコツコツとしたボランティアがずっとずっと必要なのだと。
夫は知り合いの大工さんから水平機を借りて行き、娘の友人や
知人の家の傾きや傷みを見せてもらいアドバイスをしていました。

津波の被害のひどかった閖上から仙台空港のあたりを見てきました。
ここは、テレビで 黒々としたアメーバ―のような津波が次々と家や
畑や車を呑み込んでいく様を何度も何度も繰り返し見たところです。



遠くに離れている私たちはリアルタイムで
これらの映像を見ていたのですが、
現地の人達は停電と余震の中で
何が起きているか全然わからなかったそうです。

仙台の街の中は震災から7か月も経っていることもあってか
地震の爪痕を伺わせるような所はあまり見受けられませんでした。
それは、行政も住民も 宮城県沖地震をはじめとしたいくつかの
地震を経験し、阪神淡路の地震も教訓に、また10年以内に大きな
地震がくると予知されていたため 建物の耐震はかなりの手厚さで
備えられていたとお聞きしました。地震の特徴にもよるのかもしれま
せんが、確かに地震によって建物が全壊や半壊している所はほとん
ど見受けませんでした。


ところが、高速道路を挟んで東側、海岸線の様子は一転していました。
高速道路の下をくぐるとそこは所々に残骸のように残っている家以外は
一面広がるだだっ広い農地に見えました。既に瓦礫は殆ど撤去され
あちこちでショベルカーが動き、幹線道路はダンプカーの行列でした。
海岸線のまばらになった松林以外は、もともと何も無かった所のように
見えましたが、車から1歩降りると辺りには住宅のコンクリートの基礎
だけが並々と続いていて元はここに街があったことを物語っていました。
1階部分がえぐり取られたままの家が所々にそのまま残っていました。


そういえば、過去何回かこの道を通ったことがありました。
仙台空港から仙台市に向かう道路のまわりはずっと街並みが
続いていました。その全てを押し流しつくした津波の恐ろしさに
あらためて息を呑むおもいでした。
そして、ついこの間までこの街で暮らしていた人達は今、
どこで、どんなおもいで暮らしておられるのだろうかと胸が
いたくなりました。

やがて1年を迎えるにあたって、テレビや新聞は特集を組んで報道して
います。1年たっても復興はなかなかはかどっていません。健気な、
我慢強い東北の人達の笑顔が痛々しいです。死者、行方不明者
約2万人の その遺族や関わりのあった人達の悲しみや心の傷、
家や仕事を失った人の不安や絶望、1年経って癒えるどころか益々
深くなっていくような気がします。テレビなどでよく聞く「私たちは
あなたたちを、この震災を、決して忘れません」 確かにそうなんだ
けれど、言ってる側の一生懸命な気持ちはわかるし、忘れないことは
大事なのだけれど、何か違うんじゃないかという気がしてなりません。
おざなりに『私たちに何ができるか 考えたいとおもいます』と
締めくくってしまいたくない重い課題を突き付けられているおもいです。
                           
# by kujokosugi | 2012-05-14 16:57 | 報告いろいろ | Trackback
春の読書から 7/7
⑥ 斎藤美智子 『 すこやかな未来を願ってー
                核も戦争もない世界を!』(樹心社)


連休の5月4日に樹心社の社主・亀岡邦夫さんから送ら
れてきた本です。
今年84歳になる斎藤さんはキリスト教者で市民運動家。
問題を感ずればひとりでも行動する。
その真摯さと情熱に打たれ、読了後、
私のこころのなかがうつろになっているのを感じました。
私の傲慢さ、慢心を見せつけられたことによるのでしょう。

花崎皋平さんが「地球の平和と生存のために身を粉にして」
と題する序文を寄せています。
花崎さんとは私が大学院のとき、といってもほんの半年
ばかりですが、研究室を同じくしました。
かれはすでに助手でまもなく助教授として北大に移って
いったのです。
大学闘争のなかで大学を辞し、在野の哲学者として生き
る道に立ったのでしょう。
『 生きる場の哲学 』 (岩波新書)や
『 個人/個人を超えるもの 』 (岩波書店)は私の座右の書でもあります。

斎藤さんの著書の第3章 「反原発運動と私」 は
「市民活動のひろば」 という雑誌に(昨年6月号から今年の5月号)
掲載されたものです。
生きるということは闘うということでもある、しかも闘いは
人間の世を人間の世として開くこと、そんなことが
身をもって書き記されています。
書くことも闘いだったのでしょう。
花崎さんは 「身を粉にして」 と書かれています。
浄土真宗のお寺では 「恩徳讃」 という歌がよく歌われます。
親鸞の和讃のひとつです。
その和讃に 「身を粉にしても」 ということばがあるのです。


もしお許しを得れば、来月の5周年記念の書籍売り場に
数冊並べさせていただきたいと思っています。

            『 すこゆかな未来を願って 』
                   斎藤美智子
                     樹心社
                     183頁
                   1200円+税

もう一冊、
大澤真幸著 『 夢よりも深い覚醒へー3.11後の哲学 』 (岩波新書)
を紹介したかったのですが、長くなりそうなので
ここでは書名だけにしておきます。
                            ( N.M )



# by kujokosugi | 2012-05-08 20:27 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 6/7
⑤ 宮本みち子 『 若者が無縁化する 』 (ちくま新書)

グローバルな経済競争とIT化の嵐のなかで
雇用の流動化がいっそう加速し、とりわけ若者に
安定した仕事と生活が保障されなくなってきています。
生活環境も社会関係が切断され、若者は孤立化を
余儀なくされているのです。
宮本さんは、「生きていく上での様々な技術を
習得できないまま、成人に達する若者が
増えている」(010頁)と書いています。
貧困から抜け出せない今日の若者にじっと目を沿えて
筆が進められている本書は読み進むに連れて
胸に痛みを誘引するのでした。
都会にあっても地方にあっても、わが身が立たぬ、
わが生活が立たぬ。
そんな苦悩のなかでこの国の若者の多くが
呻吟しているのです。
憲法9条をまもる運動はこうした若者に
手を差し伸べるものでもなければならないでしょう。

  人間を丸ごと把握し、そのニーズに応えるようなパー
  ソナル・サポート・サービスの営みがコミュニティに
  豊富になれば、社会の死角に落ち込む人を防ぐセーフ
  ティ・ネットとなるだろう。そして、市場や社会への
  参画を促して、ひとりひとりの持つ潜在的な能力を引
  き出し、全員参加型の社会を構築する重要な役割を果
  たすはずである。            (158頁)

こう記して著者は「静岡方式」のユニークさを分析しています。
そして著者自身の若者支援のシステムを提示しています。
そのひとつが、学校、職場、家庭に代わる居場所であり、
孤立しがちな若者が人と交わり活動に参加できる場を作
る「たまり場」です。

「あとがき」にはこうあります。

  就業機会が枯渇した地方に生きる若者の問題も気にな
  る。仕事を求める多くの若者を吸収した高度成長期の
  ような力は今の大都会にはない。しかも、進学する費
  用を捻出できないなど、さまざまな事情を抱える若者
  は、仕事がないことがわかっていても、そこに残らざ
  るを得ない。衰退する地方における「置き去りの若者」
  の閉塞状況をもっと問題にすべきだと思う。(205頁)

私たちの9条小杉の会でも愛と平和市民塾で
若者の問題を取り上げることにしています。

              『 若者が無縁化する 』
                 宮本みち子著
                   筑摩書店
                    214頁
                  760円+税

                                    ( N.M )
# by kujokosugi | 2012-05-08 20:17 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 5/7
④ 田中三彦 『 原発はなぜ危険か 』 (岩波新書)

この新書は22年前の1990年に発行され、
昨年5月に15刷。私はその15刷で読みました。
なんと福島原発の4号機の圧力容器は納品されるまえに
楕円形にゆがんでいることがわかったのです。
その矯正の仕事にあたる人として白羽の矢が
立てられたのが著者だったのです。
第1部 「ゆがみき矯正事件」 は
まさにその矯正の苦闘の生々しい記録です。
110万キロワット級の圧力容器は直径7メートル、
高さ20数メートル、重さは700トンの圧力容器です。
あの第4号機にこんな問題があつたのかと推理小説を読む
ような思いでページをめくっていました。

第2部 「“運転中の原発”の安全性」 に
次のような箇所があります。

  圧力容器内部の冷却材は、風呂の栓が抜かれたように、
  急激に減少しはじめる。そしてそれまで冷却材のなかに
  浸かっていた核燃料が、徐々に水面に顔を出す。顔を出
  した燃料棒の温度はたちまち数千度に上昇するだろうか
  ら、その部分は溶解する(メルトダウン、ないしは炉心
  溶融)。さらに事態が進行すれば、圧力容器のなかの冷
  却材が完全になくなってしまう。゛空焚き゛状態ににな
  り、数千度の高温のために、燃料のみならず容器のなか
  の内部構造物、そして巨大な容器自身さえ、溶解するだ
  ろう。圧力容器が溶解すれば、それを覆っている薄い鋼
  板でできた一次格納容器も、あるいはコンクリートも溶
  解し、それらは塊となって地下にもぐり、その過程で施
  設内の水や地下水と接触して水蒸気爆発をおこすかもし
  れない。                  (76頁)

この数ページあとに故藤村理人の次のようなことばが引か
れています。「原子力工業」(86年第32巻10号)に寄せた
論文からのものです。

  もし圧力容器が破局的な破壊をしたならば、その鋼材の
  破片はミサイルとなって瞬時に飛び散ることになるので、
  格納容器の数十ミリの壁は難なく貫通してしまうであろ
  う。格納容器はまったく役立てず、ECCSなど緊急冷却
  装備なども無力化する。炉心は露出し、それこそ数万人
  の死亡者を出す大災害へと発展してしまう。 (84頁)








脱原発を現実のものするもっとも基本的な用件は、
原発に代わりうるオルタナティブ(代替)エネルギーが
あるかどうかではなく、
小玉祐一郎がいう「パッシブ・ソーラーの冒険」と
いったような「コンテキストにわれわれが積極的に
身を置いていこうとするかどうかにかかっている」と
締めくくっています。

                『 原発はなぜ危険か 』
                    田中三彦著
                     岩波書店
                      194頁
                    700円+税

                                   ( N.M )
# by kujokosugi | 2012-05-08 20:16 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 4/7
③ 佐藤栄佐久 『 福島原発の真実 』 (平凡社新書)

88年福島県知事に当選。以来、知事として
原発に立ち向かい闘いもしてきた著者の誠実な記録。
このような知事もあったのかと私はこころ打たれ
また励まされもしました。
ともかく一読をお勧めします。
第7章にあることばを引いておきます。

  私は違うと思う。「安心」は断じて「サイエンス」では
  ない。まして、県民の納得を得ようともせずにそれまで
  の安全基準を緩和した「維持基準」という「合理的な科
  学」は、不具合を隠すために使われているのではないか
  と疑われ、福島県民に「安心」は永遠に訪れない。/で
  は、「安心」とはどのようにして得られるのだろうか。
  それは、原発のデータや原子力政策のプロセスが透明化
  されて国民の目に見えるようになり、賛成、反対の意見
  を言い、知りたいデータを知らせてもらうことができる、
  民主的なプロセスの実現である。安心とは民主主義プロ
  セスの保証によって、初めてもたらされる。 (192頁)

                『 福島原発の真実 』
                  佐藤栄佐久著
                     平凡社
                     253頁
                   740円+税

# by kujokosugi | 2012-05-08 20:14 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 3/7
② 安斉育郎監修 『 フクシマから学ぶ原発・放射能 』
                 (かもがわ出版)


同じくかもがわ出版の本。
「ふしぎ」を科学しよう」というシリーズの一冊です。
26項目のクエッションにそれぞれ4頁 (4項目は2頁)
を当ててわかりよく解説したものです。
小、中学生向けのシリーズなのでしょうが、
われわれ大人が読むにもじつにふさわしいもの。
けっこう難しいことがじつに丁寧にわかりよく書かれて
いるのです。そして豊富な図解。
妻が図書館から借りてきたものですが、読んでみて、
これならばわが家にも備え付けておこうと買い求めたのです。
辞書にもなります。

全体は次の3章からなっています。
 1章 原子力発電のふしぎ
 2章 放射線と放射能のふしぎ
 3章 新しいエネルギーのふしぎ

第1章は次の8項目から。
 1 原子力発電はどのようにして電気をつくるのですか?
 2 核分裂とはどのようなことですか?
 3 福島原発事故の「メルトダウン」って、なんですか?
 4 使用済み核燃料はなぜ原子炉建屋においてあるのですか?
 5 原爆と原発とはどこがちがうのですか?
 6 原発には何重もの安全装置があるのに、
   なぜ事故が起きたのですか?
 7 福島原発の事故は、これからどうなるのですか?
 8 地震国・日本の原発は安全ですか?

高速増殖炉「もんじゅ」についても第3章の
第20項目(高速増殖炉「もんじゅ」ってどんな原発ですか?)
でとりあげられています。

          『フクシマから学ぶ原発・放射能』
                   安斉育郎編著
                    市川章人著
                    小野英喜著
                   かもがわ出版
                   A4版、95頁
                    1600円+税



# by kujokosugi | 2012-05-08 15:48 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 2/7
① 蓮池透 『 私が愛した東京電力 』 (かもがわ出版)

副題に「福島第一原発の保守管理者として」とありますように、
蓮池さんは2年前まで福島第一原発に勤務していたのです。
その蓮池さんが3.11を真ん中にした3日間の
福島バスツアーに参加するという企画を知って、
私は参加したのです。
東京駅近くのターミナルから朝8時に2台のバスで出発。
午後3時に相馬市に到着。
4時からの現地の人たちとの集会には北海道からの40
名も加わり総勢300人ばかり。
蓮池さんはこの集会で講演。
上記の本はこの会場で販売されていました。

蓮池さんは東電では原子燃料サイクル部の部長も務めたようで
原発現場が詳しくしかもわかりやすく展開されています。
「原発の周囲では、町の中に東電があるのではなく、
東電の中に町があるような感じでした」とあります。
東電さまさま。そこのけそこのけ東電が通る。
といったような町の様子がありありと伝わってきます。
第3章「自滅する原発」で
高速増殖炉「もんじゅ」や核のゴミ問題に触れています。
前者についてはたとえばこうです。

  ウラン燃料によるいまの軽水炉の核燃料サイクルは、
  いずれウランがなくなれば成立しなくなってしまうの
  ですが、高速増殖炉というのは、使った以上に燃料が
  できるので、たとえ天然ウランがなくなっても、半永
  久的に運転ができるという“理想的で究極の”核燃料
  サイクルです。最初に燃料のもとになるウランがあれ
  ば、使ったものの1.5倍程度のプルトニウムがてき
  ていくのです。理論的にいうと、どんどん増えていく
  わけですから、純国産の絵エネルギー形態ができる、
  まさに“夢の原子炉”だったのです。/その当時、私
  が携わっていた高速増殖炉の研究は、「もんじゅ」の
  次の段階の原子炉で、実証炉をつくろうというもので
  した。

蓮池さんは原発は徐々に減らしていく(フェイドアウト)
という立場をとっています。
これについては異論のあるところでしょう。

最後の50数ページは伊勢崎賢治さんとの対談です。
伊勢崎さんも先の福島ツアーに3日間同行されたのです。
ちなみに蓮池さんのこの本の出版にかかわったかもがわ
出版の編集委員・松竹伸幸さんも3日間のこの旅に参加
していました。

             『 私が愛した東京電力 』
                  蓮池 透著
                 かもがわ出版
                    174頁
                  1500円+税

                                  ( N.M )


# by kujokosugi | 2012-05-08 15:37 | 本の紹介など | Trackback
春の読書から 1/7
退職の身になってもう11年にもなるのに、
4月末からの連休は、こころがはずんで落ち着きませんでした。
そのなか日、1年生と4年生になった長女の孫がやってきたので、
太閤山ランドに連れ出し、3時間ばかり興じてきました。
春うららの日和。
金沢の保専の学生たちが学校を挙げてやってきていて、
ゲームを楽しんでいました。
まるで運動会のよう。
しばらく見とれていたことです。

女池で足漕ぎのボートにも乗りました。
鯉が群れになって寄ってきます。
孫たちはせんべいを割って投げる。するとぱくり。
その口の大きさに驚くのですが、鯉の真剣さにこっけ
いなものを感じて私たちの笑いを誘うのでした。

「ハンカチの花を見るのを忘れていたね」
帰ってきて一息ついたとき妻が残念そうに。
もう7、8年も前のことかもしれません。
Yさんに咲いている場所を教えてもらったのです。
以来、近所のひとを連れ出し、
「太閤山ランドにハンカチの花という珍しい花があるんだよ」
と自慢げに案内をしたりもしていたのです。
昨日のKさんのブログ 「スローライフで今日も元気!」
にハンカチの花の写真が何枚も!
白さと透明感がよく出ていて、その楚々としたしなやかさが美しい。

幸田文が娘の青木玉さんに贈ったハンカチの花の木を
後に玉さんは近くの礫川公園に寄贈し移植したのです。
玉さんの 『こぼれ種』(新潮文庫)という随筆集には
「縁にあるもの」 と題するものがあって
ハンカチの花にふれています。
それによると葉と同じくらいの大きさの白いハンカチは
苞(ほう)のようです。

玉さんの娘さん青木奈緒さんが 「ハンカチの春を待って」
と題した一文を巻末に寄せていて、ハンカチの木が
礫川公園に移されたいきさつについてもふれています。

一昨日は2坪ばかりの庭の畑に
キュウリ3本、トマト4本、ナス2本を植えました。

そして昨日。茨城の筑波に竜巻。
異様な天候です。





前書きが長くなりました。
この春に読んだいくつかを簡単に紹介します。
次のページより6回に分けて紹介します。
                ( N.M )

# by kujokosugi | 2012-05-08 15:34 | 本の紹介など | Trackback
5・2 憲法講演会
 S さん、D です。
 朝日新聞のアメリカ法学者による憲法分析の紹介、
 ありがとうございました。

 実は、同じことを昨日(2日)、
 伊藤真さんの講演で聴いてきました。

 日本国憲法は前文2項で、
 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
  平和のうちに生存する権利を有することを確認する」
とうたい、
  それぞれの国の安全だけを考える”普通の国”の憲法とは違い、
  世界中の人々、人類の幸福を考えている。
  いわば、「非常識」な理念を掲げている。
  いまは非常識かもしれないが、
  100年後には常識となる。
  理想を持って生きることの意味は大きい、と強調されました。




 特に、平和とは、対局にある「戦争」だけではなく、
 貧困、飢餓、病気のない社会の 状態をいうのであり、
 その意味で、個人の尊重(13条)、生存権(25条)、
 平和的生存権(9条・前文)などを
 明記している日本国憲法の”実現”こそが、
 いま求められている。
 避難生活を強いられ、転校せざるを得ない子どもたちなど、
 原発におののく生活は、
 日本国憲法が目指す「一人ひとりがその個性を尊重され、
 お互いの違いを認め合って、ともに、生きることができる社会」
 「世界中の子どもたちが、安全で平和の中で
 自分らしく生きていくことができる社会」とかけ離れている。


 ましていわんや、大震災にかこつけて
 「国家緊急権」(非常事態条項)を盛り込もう
 などという考えを基にした改憲勢力は、
 憲法が権力行使に歯止めをかけるためにある・立憲主義を
 背景に存在することを知るべきだ。
 民主主義はしばしば、多数派の横暴を生み出す。
 この歯止めになるのは、憲法・立憲主義である。

 伊藤さんのパワーポイントの印刷物などを下に、
 私の理解をまとめてみました。

# by kujokosugi | 2012-05-03 21:03 | 報告いろいろ | Trackback
5月3日 憲法記念日
今日、5月3日 憲法記念日

朝日新聞には、アメリカの法学者が
世界188カ国の憲法を分析した表が出ていました。
第2次大戦後の1946年から2006年までの
各国憲法について、
国民の権利とその保障の仕組みを
項目ごとにデータ化したものです。

その結果は、
今や世界で主流になった「人権」概念の上位19項目
(信教の自由、報道・表現の自由、平等の保障・・・)すべてを
満たすのは、日本国憲法のみ、ということです。

「武装する権利」
(世界で2㌫しかない「絶滅」寸前の条文)をもつアメリカ。
それに対して、
「改正されず手つかずで生き続けてきた」「最高齢」の憲法ながら、
「65年も前に画期的な人権の先取りをした」日本国憲法。


「ただ、憲法がその内容を現実の政治に
どれほど反映しているかは別の問題」
と記事は指摘します。
分析したアメリカの法学者は
「日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、
国民の自主的な支持が強固だったから」
と語っています。

最先端の人権感覚をもつ日本国憲法。
憲法を現実に近づけるのでない、
現実を憲法の理念に近づける。

微々たるともいえないほど微力ながら、
誇りをもって、行動していきたいです。
                        
                        ( S )


# by kujokosugi | 2012-05-03 20:35 | 報告いろいろ | Trackback
4・30 9条シール投票 in 富山
毎年全国で行われている 「 9条シール投票 」 が
今年も富山でも行われました。
9条全国投票の会・とやまの伊藤さんからの報告は以下です。

  **************************

「 憲法9条守る?変える?」 
  富山の投票結果です。

現在、全国各地で実施していますが
全国の集計結果は、野田総理大臣、国会議員に届けます。

 ★ と き      4月30日(月、休日)
           午後1時30分~3時まで実施
 ★ ところ     富山市総曲輪通り・元西武デパート前付近
 ★ スタッフ    11人(うち高校生5人)
 ★ 連絡先    (主催) 9条全国投票の会・とやま(伊藤)
          http://qztwel.exblog.jp/ (全国投票の会)

 ★ 結果
   「守 る」    180票 (64%)
   「変える」    36票 (13%)
   「わからない」 64票 (23%)
_________________________________
   合計      280票 (100%)


 富山新聞、北陸中日新聞の2社が取材。
 (5・5)の朝刊に載ると思います。

 《 シール投票参加者の意見紹介 》
 「守 る」  ・やっぱり守らなければ

 「変える」 ・中国や北朝鮮の状況を見ると変えた方がいい
        ・アメリカを頼りにしていたらダメだから
        ・条件付きだけれど「変える」です

# by kujokosugi | 2012-05-01 16:19 | 報告いろいろ | Trackback
「 3・11 震災被災地へ行ってきました 」 報告メール 2/2
 〈 友人からの報告メールより  続き〉

放射線測定器を持参した人がいて
行きのバスの中でずっと測っていました。
福島にはいるとやはり徐々にあがり
遠ざかるにつれ下がってゆきました。
数値的には0.05msくらいでしたが。

その人は木更津ネットの元議員で、苦手なタイプかな。
朝食のとき同じ席だったので
「瓦礫の処理は全国的に稼動できないでいるガス化溶解炉で
一挙に燃やすのが効率的という考えもあるみたいですね。」
と聞いたら、
「とんでもない、アンタなにいってんの」みたいな断定をされました。
ダイオキシンは出さないでも有害なヒバイ(煤)は処理できないんだから
そんな案はとんでもないそうですが、・・・・
こちらは議論のネタとしてだしたにすぎないのに
「ネットにもまだこんな無知な人間がいる」と思われたみたいで。

「生活のなかでの放射線を考える会」でもわざわざ訪ねてきて
「何十万も一挙に死んだ原爆と比べれば安全なのじゃ?」と
素朴な疑問を言う参加者もいます。

あーあ、ですが解るように説明するのは難しいですし、
こういう疑問は大事にすべき。 
解っている。意識のたかい者でなきゃ問題外。みたいな
上から目線は一面では市民運動の足をひっぱるのでは?
座長は化学専攻なので解る説明はしてあげたと思います。

わたしは先に帰ったので最後どうなったか聞いてないのですが。
要するに原発は長期にわたり放射能を垂れ流し、
死の灰を蓄積し続けている。
それは広島長崎の数百倍だとか犠牲実態は把握も困難だということを。
「原発OB行動体」のサポーターの人も一行に加わっていて
「両方に関わるのは無理だから、自分は家はあっても
人のいない街をやります」と最後の感想で述べていました。
行動隊は役立ててもらえてなく国会の監視を続けている。
週にいちど参議院会館で院内集会をやっているそうです。

現地被災者に
「これはあなた方にもいつ降りかかるかわからないこと、
   備えだけはして」と忠告されました。
帰ってきてすぐホームセンターにゆき
水タンクとカゼットコンロ、燃料を多めに買いました。
米は10キロ備蓄、しかし「こんなこと気休めにすぎないなあ」とも。
緊張感をもってみると、人々はどうでもよいことにばかりお金を使って、
とも思う。自分を含めて。

先に自治体間格差について述べましたが、
調整する役は国の政治のはずなのに機能していないようです。

最後に現地の人びとはやさしさの中に強さを秘め、
実にどの人も良い顔をしていることを伝えたいです。
欲得を離れた人間本来の顔を見た思い。
災害は人を美しくもするのですね。

ではどの程度伝わったかわかりませんが
報告を一応終わります。



# by kujokosugi | 2012-04-01 20:35 | 報告いろいろ | Trackback
「 3・11 震災被災地へ行ってきました 」 報告メール 1/2
千葉県市原市で
「 市民ネット 」 というグループで活動している友人から
被災地に行った報告が届きました。
9条小杉の会の N.N さん、N.M さんも
行ってこられてお話を伺えました。
また別の機会に報告したいです。

下記の友人のメールでは、
被災地で出会った方から「伝えてください」といわれたとのことなんで、
一部ですが本人の了解のもと、転載します。
                            ( S )

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〈 友人からの報告メールより 〉

石巻名取へいってきました。
行ってきてよかったです。 としか今は言えません。
海も空もすばらしく美しかった。 人々も美しかった。
家が流されて人がいなくなった場所だけではなく、
**家はあっても人がいない場所、
両方を抱えてこれから日本(人)は生きてゆかねばならない。
さて自分はどうするか答は見つかりません。
また書きます。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

被災地のことを語ろうとすると
言葉がむしろ邪魔をすることを感じますが,
それでもなにか 伝えたい。
不自由な言葉を駆使してでもほかに手段はないですから。

瓦礫の広域処理は問題があるらしく、
国の政策が足を引っ張っている、ということは聞きました。
それが全部ダメというわけではありませんが。
石巻はまだ積み上げられた状態のままで
「分別なんてとても無理」という悲痛な声をききましたが、
名取は仙台の隣町で域内に大きな処分場もあり
自力での処理が可能であり、なるべく広域にばら撒くのでなく
被災地のなかで処理できるようにするのが本筋だろうと
副市長さんに聞きました。
事実、
鉄は鉄、木材は木材、コンクリート・ガラスなどは粉砕されてと、
きちんと分別されて整然と積まれているのに
痛々しくも感動してしまいました。
ドイツ人でもここまではやらないでしょう。

仙台など体力があるところとそうでないところでは
自治体間の差がこれからますます拡大してゆくように思われます。
太平洋側のほぼ三分の一もの街々、人々の暮らしが
一瞬にして失われたのです。
二つの場所をみただけでそれがどういうことか
想像し戦慄を覚えるとともに、自然の偉大さにも胸を撃たれました。
なんと人間の文明とはもろいものかと。

最初、石巻でバスを降りたとき、
「ここに住宅街があったのです」と説明されても想像できません。
堤防(確か五メートル)の向こうには
青く穏やかな海と空が広がっていてそんな悲劇をがあったとは。
しかし転々と残る住宅は一階が破壊されつくして吹き抜け状態、
ブルーシートがかけてある家もないところも。
もちろん人の気配なく、ある家の物干しに
変色した洗濯物が残され風になびいているのが不気味です。
木々も灰色がかってかれているようでした。
堤防のすぐ下の新興住宅地からは海は見えなかった。
避難を呼びかける放送ものんびりしていて、
まさかそんなに早く津波がくるとは思わなかった。
気が付いたときは遅かったと。
そんなに遠くないところに小高い丘にがあり
もし地震の直後に避難していれば家は失われても
命はたすかったでしょう。

阪神大震災のとき倒壊・焼失・犠牲となったのは下町の庶民。
芦屋のお屋敷町はびくともせずだったというのを思い出します。
10メートルという背丈の数倍の激流に呑まれた人々がいて、
しかし津波の高さより高いところに逃げた人、
もともとそこに人々は無傷とは。 明暗を分けるのです。

名取では「ゆりあげ」地区を見ました。
仙台藩の由緒ある漁港で風格を具えた街であったそう。
「日和山」という5,6メートルくらいの塚には
神社と4基の塚あったが1基を残して流失、
3基は下に落ちていてそのうちのひとつには
「地震が起きたらすぐ高台へ逃げろ」と
昔のひとの遺言が刻まれている。
児童公園が隣にあり、ここで遊んでいた子供たちも
塚に登っても津波はさらにそれを超えて全員がさらわれてしまった。
もちろん街はあとかたなし。
また市内でも歩道橋に上った者は助かったが、
下の道路を流されてゆく者をただ見送るのみだったと。

今回の研修?旅行が実現したのは
直後から名取に入っていた市原のNPO「災害救援ボランティアセンター」
のメンバーと大阪から現地に住み込んで働いているクリスチャンの女性、
被災者でありながら「語り部」をしてくれている若者などとの
つながりがあって実現したことです。
見にきてくれる人々は休むところもないので素通りするしかない。
話をきいてほしいのでプレハブを置いてお茶など接待しているという若者。
その横で焼きそば商っている年配の男性は妻を喪った。
トイレがないので立ちションされるのはしかたないが、
自分たちの家があったところでは切ない、
なんとか簡易トイレと維持費を請け負ってもらえないか
との依頼、持ち帰って検討すると約束。

現地の人々はわれわれの訪問を喜んでくれたみたい。
なにより伝えてほしいといわれた。
帰ってきて周りの人に話したがあまり反応はよくない。
話されてもしょうがない、聞きたくないという感じの人が多くて。
自分の伝え方がわるいのか? テレビでは消費税増税のことばかり。
いまそんなことやってる場合か? 
あんなに収入もなくなった被災地に追い討ちをかける無神経。
なんと政治は遅れていることよ。

しかしほんのちいさな芽生えかもしれないが、
心ある高齢者と若者のコラボレーションは始まっているよ。
力を合わせてもっとマシな日本を創らねばと思った。


# by kujokosugi | 2012-04-01 20:34 | 報告いろいろ | Trackback
3・18 講演 『 福島第一原発 風下の村 』 に参加して 2/2
( 前略・・・前のページの続き)

質問コーナーで、
被災地から出た「ガレキ」の、
全国各地受け入れ問題をどう思うか?という問いが出ました。

森住さんは、言葉を選びながらも、
「 被災地に行って不思議に思ったことがある 」 と話されました。
「 ガレキ 」 で復興が妨げられている、というが、
それが積み上げられているのは一部の地域の一角。
それで復興が妨げられる、というものではない、
しかし、政府、マスコミは、こぞって、
受け入れないのは人道に反するといわんばかりの
大合唱をはじめている。
「 国策 」 になっていて、これに異論を唱える者を排除しようとしている・・。
( 福島の 「ガレキ」 は持ち出されないが )
岩手・宮城のガレキも、たとえ微量であったとしても
放射能で汚染されている。 燃やせばそれが濃縮される・・。
「 国策 」 ガレキ処理には、利権も絡んでいる・・。
現地で会った人たちは、
ガレキを他県にもっていくことを望んでいるわけでない、
汚染の拡散を求めていない・・・。

( 中略・・・前のページ参照 )

「 ガレキ 」 問題、
現地に行ったこともない、被災した方々と交流もしてない私には
まだどう考えたらいいか、わからない点もあるのですが、
また皆さんと話したいと思っています。
なお、本日の「朝日新聞」の「声」欄には、
「 がれき拒否原因、9条と違う 」 と題して
若い学生さんの投稿が掲載されていました。

先日、橋下徹大阪市長がツイッターで
「 憲法9条の平和主義が、『 自分の嫌なことはしない 』
という日本人の精神を作り、被災地のがれき受け入れにも反対するのだ 」
「 平和を維持するために自ら汗をかかないと
いうのが9条の根源的な精神だと思う 」 など、
学生さんはこの橋下市長の主張は間違っている、と述べています。
「 9条の前提は国民の不断の努力により、
話し合いで紛争を解決することだからだ 」 と。

学生さんの言われることは、私には自明のことに思われますが、
橋下さんの影響力の強さを思うと、
「 がれきを受け入れない精神は9条がもたらした 」 なんて
いいががりを言われっぱなしでいるわけにはいかないと思ってましたから、
若い発言を頼もしく思いました。
願わくば、集中攻撃がいかないように、と思います。

関西電力の筆頭株主である大阪市が、
原発について 「 絶対的な安全性確保を 」
「 速やかに全原発を廃止 」 と、
株主として提案するそうですから、それは
画期的なことと勿論評価しますが・・・・。
                           ( S )


# by kujokosugi | 2012-03-19 21:15 | 報告いろいろ | Trackback
3・18 講演 『 福島第一原発 風下の村 』 に参加して 1/2
日曜日、
D さんたちがお世話くださった
フォトジャーナリスト・森住卓さんの
講演 「 福島第一原発 風下の村 」 を聞きにいきました。
原発事故直後の福島第一原発周辺の町に入り、
飯館村なども含め、
ここに暮らしておられる方々を写した写真を
見せていただきながら、お話を伺いました。
多量の放射能汚染にさらされることになった地域に
分け入っての丁寧な取材、頭の下がる思いでした。

質問コーナーで、
被災地から出た 「ガレキ」 ( 括弧に入れるのは、
それが津波被害にあわれた方々の生活道具や家や・・・
家財そのものだったから、簡単に 「ガレキ」 というべきでない、
と誰か言っていて、確かにそうだと思うから ) の、
全国各地受け入れ問題をどう思うか?という問いが出ました。

( 中略・・・次のページで紹介)

この日、
入場者には、「ママ、わたし、ひばくするの?」 というパンフレットと、
すでに私は署名した石井知事・森市長あての
「 放射能汚染されたガレキを富山県内で燃やさないでください!」
緊急署名が配られました。
「 放射能から子どもを守ろう in 富山 」 というグループによるものです。
グループでは、むしろ富山では放射能汚染の心配のない食べ物を作り
被災地にも供給すること、富山が被災された方々の避難場所になること
などを広げていこうと呼びかけています。

講演会が終わってから、小雨のなかを、富山駅前からほんの30分ほど
原発のない社会を、と求めてピースウォークに参加しました。
小さな子どもたちもレインコート姿で歩きました。

( 後略・・・次のページで紹介)
                                ( S )


     
# by kujokosugi | 2012-03-19 21:10 | 報告いろいろ | Trackback


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